お知らせ

アパートの床の貼替 

お世話になっている管理会社様からご用命頂きました。

 

何かをこぼして黒くなってしまってました。

 

とりあえず解体完了です!

 

 

どんどん貼進んで・・・

完了で~す!

 

場所によって様々ですが、これくらいの広さであれば一日で完了しますのでお手軽リフォームですね!

 

 

 

 


業績・家運右肩上がりの神棚!

神棚を受注頂きました

 

かっこよくしてねと・・・言われましたが・・・

 

センスのない私にはなかなか難しいっす( ;∀;)

 

作ってる途中に、ふと・・・

 

切れ端を当ててみる・・・

 

いいね~

 

なんかいい感じじゃね~か!

 

うんうん!

 

磨いてみて組んでみた・・・

 

いいじゃ~ん

 

命名 業績右肩上がりの神棚!

 

やはり、長く使うのもなので手垢止め程度に塗装します

 

定番の高級塗料 木肌美人

 

自分で塗ろうかと密かに策略しましたが・・・

 

とある塗装屋のしゃちょさ~んが

 

「塗るんはお前の仕事ちゃうやろぼけ~プロに任せんか~い」

 

お叱りを受けましたので、怖くてブルブル震えながらご発注させて頂きました。

 

その代わりやっぱプロの仕事ですわ~

 

ちゃんと細かいぺーパーで表面を均し

なんだか刷毛でこちょこちょして~

 

とにかく彼はこちょこちょが好きなんです。

 

ちゃんと裏までこちょこちょしてくれます。

 

 

そしてちゃんと2回塗り!

かんせ~い

 

それでは完成即売会を行います。

 

この業績が右肩上がりになる神棚さんとありがた~い壺をセットにして

 

今ならなんと・・・

 

400万

 

げっげっげっ

 

安くない?

 

※当社は変な宗教ではございません(笑)

 

ちゃんとブログに書けよと言わんばかりに沢山写真を送って頂きました塗装屋さんのブログはこちら

 

 

 

 


社内研修旅行記 最終回  奇跡の一本松 ありがとう!

震災の爪痕をめぐる最後は、奇跡の一本松へ

 

クロマツが7万本も並ぶ砂浜があったそうです。

 

その中で一本だけ残ったクロマツ、それが奇跡の一本松です。

駐車場から少しだけ歩かなくて行けませんが、頑張って歩きます。

まだ小さいですが見えてきました。

 

今では、モニュメントとして大切に保存されていますが、復興のシンボルとしてこれからも希望を与えてくれるのでしょう!

 

堂々と聳え立つ奇跡の一本松、今ではモニュメントですが、すごく感動しましたし、力を与えてくれているように感じました。

 

裏側に見える、被災してる建物がものすごく印象に残ります。

 

ココは岩手県の陸前高田市という所です。見学が終わり晩御飯時なので食事が出来る所を探すと駐車場から2kmくらいのところにありそうでしたの行ってみました。

 

んっ・・・そこで私は気づきます。ものすごい違和感! 少し高台に一つの街が出来ていたのです。 スーパーに居酒屋・飲食店そして家屋、全て真新しい建物に道、建設中の住宅、薄暗くなっていったので分かりにくかったのですが、これって街全部が一度無くなったんだと気づきます。

 

そして食事を済ませ、真新しい街並みを走り宿泊先へ戻る途中色々、私に出来ることは何だろうかと考えました。

 

お金を出しても微々たる金額しか出せませんし、いまココに必要なのはお金ではない、人なのかもしれないとかとか色々考えました。

 

まず一つ出来ることは、こうして少しでも一人でも私の体験した事を伝える事だろうと、伝わり方は人それぞれだと思います。

 

私のブログを読んで、旅行に行って見ようと思う方もいれば、旅行に行くには時間もお金もかかるからもっと情報を検索してみようだとか、募金箱があったら入れてみようとか、津波が来たら真っ先に避難しようとか、もっと私の話を聞いてみたいだとか・・・

 

私はそれで良いと思っています。それが良いのだ!

 

長らく社内研修旅行記にお付き合い頂いた皆様ありがとうございます。

 

勝手に私の思いを書きなぐったようなブログを読んで頂いた皆様には、誠に感謝致しております。

 

 

 

 

 

 

 


社内研修旅行記⑥ 伝承館 外部編

屋上から外に出てきました

4階の内部から見ていた、冷凍倉庫が激突した壁を外から見ています。

 

あのコンクリートの壁をあれだけ破壊する事が出来るパワーってすごいパワーです。やはり計り知れない力が働いています。

 

屋上から見ていた体育館です。下からみると違う見え方がします。

 

校舎の間には流れ着いたがれきが沢山残されたままにしてあります。車も数台あります。船もあります。

 

上のパネルの写真と同じアングルで写真を撮ってみました。

 

スゴイですよね。見比べて下さい。この間に家が挟まっていたんです。

 

 

がれきの裏側を校舎の中から見るとこんな感じです。

 

中庭に抜ける校舎の廊下を歩きます。

 

ふと振り返って立ち止まりました。

 

 

今では綺麗な廊下ですが、当時は色々なものが散乱していたのだろうと想像がつきます。

 

その色々な物の中には、文章に表すのも嫌になるものもあっただろうし、ここまで綺麗にしてこの施設を公開して頂けている事に感謝の念が沸き上がります。

 

中庭に出ると、希望の木があります。

生き残った記念植樹です。津波にあったにも関わらず生き延びているのです。おそらくこれはヒバの木ではないでしょか?

この木は、この建物の公開が続く限り希望のシンボルとして生き続けてくれるでしょう!

 

ここで、建物の見学は終わりです。

 

勝手に私のブログで配信しておりますので、削除希望の写真などありましたらご遠慮なくお知らせ頂ければ幸いです。

 

東日本大震災遺構 伝承館へ一度足を運んでみて下さい。実際に見るのと写真で見るのでは全く違って見えてきます。

 

東日本大震災遺構 伝承館編はここまでとさせて頂きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


社内研修旅行記⑤ 東日本大震災遺構・伝承館 屋上編

 

この景色を見てどう感じますか? ぱっと見キレだな~でしょうか?

 

しかし、この場所には震災以前は人々の生活がありました。田畑があり、物にあふれ、店舗があり、倉庫があり、会社があり人々の生活がありました。

 

沢山の方が生活していたのです。それが一瞬にして流される、津波のパワーは計り知れないです。

 

いま、わたしが写真を撮っている場所の写真が展示されていました。

 

上のパネルの体育館は下の写真のようになります。

 

これは、中庭です。

この欅の木は、上の写真の奥の方に写っているところだと思います。

 

この木は、先祖が津波から住民を救うために植えられた木だったらしく、10人の命を救いました。

 

屋上編はここまでとさせて頂き、次は外部編をお届け致します。

 

 

 

 

 

 

 

 


社内研修旅行記④ 東日本大震災遺構・伝承館 室内編

2019年3月10日に開館した東日本大震災遺構・伝承館

震災から8年、震災の年に生まれた子はもう8歳になります。子供の成長よりも早い速度で記憶の風化が進んでいます。

 

その風化を食い止め、世の方たちに伝える施設が必要だとの事で保存を決定し、伝承館が開館したとの事です。

 

施設の中ではパネル展示や当時の映像等があります。

 

パネルや映像は撮影禁止とされておりますので、可能な限りで写真を沢山撮ってきました。

 

 

いきなり衝撃的な写真ですよね。ここは一階です。 サッシや窓ガラスが全くありません。中は天井まで壊滅です。

 

耐震補強された壁がむなしく残ってます。

 

3階に上がってきました。

 

手摺を破壊し車が流れ着いてきています。

 

ここは3階です。

 

その他の3階の様子は

 

普通ではありえない惨状が目の前にあります。 何度も書きますがここは3階です。

 

4階に来ました。

4回の壁に冷凍倉庫が激突した跡が生々しく残っています。 ここは4階ですよ。

 

このスチール製のレターケースが良くさびているところまで津波が到達したラインのようです。

 

どこもかしこも津波の恐ろしさが分かりますよね。写真が多くなりますので今回は室内の様子をお伝えし、次回は屋上や外の様子をお伝えしたいと思っています。

 

私はこの伝承館を時間が立つにつれ、この状況を少しでも世間に伝えなければいけない事だと心の底から思っております。少ない読者のブログですが皆さん感じる事は様々だと思います。様々でいいんです。違って当たりまえです。人は皆、同じものを見ても感じ方は違うのですから違って当たり前です。

ただこのブログを読んで頂いた方に少しでも伝わって、今後同じような事が起きた時に一人でもでも犠牲者が減ればいいのだと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


社内研修旅行記③ 三陸鉄道編

再開した三陸鉄道へ!

運転再開した、釜石~宮古間!

それでは、三陸鉄道の車窓から

 

リアス海岸なので、こういった入り江が沢山あるんですね。

 

あちらこちらで、壁やら防潮堤の建設が進んでいます。

 

景色は悪くなりますが、これも仕方ない事なのでしょうね。

 

手前の広場は、建物があったのでしょうかね。

 

写真では伝わりませんが、スゴイと思いました。

 

駅にある津波到達の地の記念碑ですが、海がはるか下にあるのは分かりますよね。

 

やはりココでも10m超の津波が押し寄せたのでしょう

 

ホントに津波って怖いですよね。

 

くまモンも地元の方にご挨拶してくれてました。

 

 

沿線ではかなりの工事が同時進行していますが、もしこの防潮堤をやり替えとかになった場合はみんな一斉に工事になるのでしょうか?

スゴイ金額ですよね。税金足りるのでしょうか?

 

 

沿線沿いには、地元の方が沢山てを振ってくれていました。

 

この電車の復活を待ち望んでいたのでしょう!

 

スゴイ笑顔で印象的だったのと共に、胸にこみあげる熱い物を感じました。

 

東北の方は元気です!

 

今日はこの辺で失礼!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


社内研修旅行記② 浪江町~気仙沼

今回の社内研修旅行記は、浪江町~気仙沼まで走ります。

 

国道6号線を走ると

 

こんな看板が!

 

この看板のの後ろは

 

定かではありませんが、汚染された土でしょう

 

国道6号線を走ると

 

少しづつではありますが、稲作が再開している田んぼもありました。

 

次は海沿い

 

海沿いには防潮堤が出来てきてました。

マッサラナ道路がものすごく違和感を感じました。

まだ、被災した建物が残っているところもありました。

 

こんな住宅もぽつんと残ってました。

 

この辺りは、南相馬付近なんですが、実は私2011年の10月ごろに行ってるんです。

 

余り、写真を公開してきまさせんでしたが、時間もたちましたので今日は乗せてみようと思います。

2011年 震災後半年くらいの写真です。

 

如何でしょうか、当時の写真を見れば復興したなと思われるかもしれませんが、まだまだこれからです。

 

気仙沼に行く途中、道の駅の展示物です。

 

今回も写真ばかりになりましたが、何か感じ取って頂ければ幸いです。

 

それではまた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


社内研修旅行記① 裏磐梯~浪江町へ

ゴールデンウイークを利用させて頂き東北へ

 

 

皆さん、浪江町ご存知ですか、2011年3月11日までは、2万人超の方が生活していた一つの街です。

 

浪江町は皆さんご存知の通り、福島第一原発の放射線で避難命令が出ていましたが2017年3月31日に避難指示が解除された街です。

 

初日は、裏磐梯付近に宿泊しましたので、浪江町の今を知る為に浪江に走ります。

 

結構な山の中を走って行きますと

何だと思いますか?

 

そうです除染の為に撤去した汚染された土なんです。

 

かなりの面積の仮置き場があちらこちらにあります。

 

 

 

復興の為に作られたであろう施設もありました。

 

中はコンビニみたいになっていて、地元の方たちが沢山買い物しておられました。

 

レストランも併設されておりました。

 

国道114号線を浪江町方面に走らせると、まだ通れないところがあり迂回する事になりました。

 

そうなんです。まだこんなところがあるんです。

 

 

浪江町に到着!

 

 

 

今回の旅の目的は微力ながら復興のお手伝いですので、なるべく被災した方のお店でご飯を食べお土産を買う事です。

くまモンもお腹が空いたとの事です!

熊本のシンボルであるくまモンを何故?

 

熊本も頑張ってますよという思いでくまモンをつれて回りました(笑)

 

という事で、復興商店街の中にある店舗でとりあえず海鮮丼

 

美味しそうでしょ~ 美味しかったです!

 

これは文章で伝えるのはなかなか難しい(笑)

 

芸能人の方も来られているようです。

 

私のサインは要らないようでした(笑)

 

浪江町は現在900人程の方が戻って来てらっしゃるらしいです。

 

900人しかと思いますか?900人もと思いましたか?

 

震災前は2万人超だったそうです。そのことを思えば900人しかですかね?

避難したのが2011年、解除が2017年ですから6年間色々なところへ町民が行っていた訳です。6年もたてば避難された先で生活基盤が

出来てますでしょうし、仕事だって責任のある仕事をされてるでしょう、なかなか難しい問題が山積だなと言うのが私の印象です。

 

今日はここまでにさせて頂きます。

 

続きは後日!

 

 

 


GW営業日のお知らせ!

とうとう、平成が終わります。

 

本日も含めてあと5日

 

がっつり平成の時代を生き抜いてきた私としては、少し寂しいような気もします。

 

色々な事があった平成! 今、存在している事自体が、奇跡と思い楽しく令和の時代を生きて行きます。

 

当社のGW営業日のご案内

 

令和元年5月1日~令和元年5月6日までお休みさせて頂きます。

 

平成31年4月30日まで通常営業致します。

 

 

 

 

 


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